プラセンタ化粧品 CORECO

コレコ誕生物語

コレコの原点「プラセンタ」との出会い

私は本来美容家であり、美容講演やメイクアーティストとして活躍していました。また人形作家としても、美を追求し、人間の生命力の強さ、生きる喜び、温かさといったテーマを求めて、中近東など灼熱の地に長期滞在いたしました。

帰国後、肌に受けた極度のダメージから、鏡に映る自分を見たときに愕然とし、しかしながらあるがままの自分を受け止めなければならず、自分自身の美について、いかに無頓着であったかを思い知らされることとなりました。

しかも、長年に渡る創作活動において、多くの化学物質にふれることにより、化学物質過敏症と診断され、一般に市販されている化粧品を、私の身体は一切受け付けなくなってしまいました。
そうしてすがるような思いでたどり着いたのが、「コレコ」の原点にもなったプラセンタ原液です。

インドの赤子・高橋刹子作
「インドの赤子」高橋刹子作
「秋の詩」高橋刹子作
「秋の詩」高橋刹子作

美の追求

20代の頃に美容知識として知っていたプラセンタ原液は、医療業界において非常に優れた効果をもつ「美肌の特効薬」といわれておりました。
真剣な思いで使い始め、肌が変わっていくのを実感した体験から、「教えてあげたい、使ってみてほしい!」という思いがコレコにつながる第一歩でした。
それはプラセンタ原液が、まだ化粧品として世に出ていない25年以上前のことです。
その後、製品化の研究に年月を経て、ついに、日本で初めて美容原液化粧品としてのプラセンタ原液の発売を実現、コレコ化粧品が誕生いたしました。

Change Out of Recognition 見違えるほどに甦る

社名のCORECOは、自ら女性としての肌のダメージというショッキングな受難からの復活の喜びをイメージし、チェンジ・アウト・オブ・リコグニション(Change Out Of Recognition/見違えるほどに甦る)とネーミングいたしました。
無香料、無着色、無添加はもちろん、安全な原材料にこだわり続けています。
また、商品化をするにあたっては、化学物質過敏症である私自らが、テスターとなり、本当に肌に優しい化粧品の研究開発を続けています。

コレコ誕生物語

コレコの原点
「プラセンタ」との出会い

私は本来美容家であり、美容講演やメイクアーティストとして活躍していました。また人形作家としても、美を追求し、人間の生命力の強さ、生きる喜び、温かさといったテーマを求めて、中近東など灼熱の地に長期滞在いたしました。

帰国後、肌に受けた極度のダメージから、鏡に映る自分を見たときに愕然とし、しかしながらあるがままの自分を受け止めなければならず、自分自身の美について、いかに無頓着であったかを思い知らされることとなりました。

しかも、長年に渡る創作活動において、多くの化学物質にふれることにより、化学物質過敏症と診断され、一般に市販されている化粧品を、私の身体は一切受けつけなくなってしまいました。
そうしてすがるような思いでたどり着いたのが、「コレコ」の原点にもなったプラセンタ原液です。

インドの赤子・高橋刹子作
インドの赤子 高橋刹子作
「秋の詩」高橋刹子作
「秋の詩」高橋刹子作

美の追求

20代の頃に美容知識として知っていたプラセンタ原液は、医療業界において非常に優れた効果をもつ「美肌の特効薬」といわれておりました。

真剣な思いで使い始め、肌が変わっていくのを実感した体験から、「教えてあげたい、使ってみてほしい!」という思いがコレコにつながる第一歩でした。
それはプラセンタ原液が、まだ化粧品として世に出ていない20年以上前のことです。

その後、製品化の研究に年月を経て、ついに、日本で初めて美容原液化粧品としてのプラセンタ原液の発売を実現、コレコ化粧品が誕生いたしました。

Change Out of Recognition
見違えるほどに甦る

社名のCORECOは、自ら女性としての肌のダメージというショッキングな受難からの復活の喜びをイメージし、チェンジ・アウト・オブ・リコグニション(Change Out Of Recognition/見違えるほどに甦る)とネーミングさせていただきました。

無香料、無着色、無添加化粧品はもちろん、徹底的に自然、天然、安全な原材料にこだわり続けています。

また、商品化をするにあたっては、化学物質過敏症である私自らが、テスターとなり、本当に肌に優しい化粧品の研究開発を続けています。